ポスターで振り返る30年史(第30回記念大会時facebook企画)

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神明の花火大会は平成とともに歩み、2018年には30回記念大会を盛大に開催することができました。
この30回記念大会時に「神明の花火大会facebook」にて『ポスターで振り返る30年史』と題し、これまでの神明の花火大会を振り返りました。神明の花火ホームページのこちらのページにもその内容を掲載します。
感動の神明の花火…思い出の神明の花火…当時を振り返ってみて下さい。

第1回大会(平成元年)

第1回神明の花火大会

神明の花火大会は平成とともに歩み、30回を数えます。歴史を重ねてきた神明の花火、8月7日を迎える前に、歴代ポスターを紹介し、当時を振り返ってみたいと思います。

平成元年、「いま甦る神明の花火」と題し、旧市川大門町の「ふるさと夏祭り」のイベントの一つとして神明の花火は始まりました。...
当時を知る方に伺ったところ、日中から若者コンサートや民謡踊りパレード、神輿渡御などが行われ、その〆を飾ったのが花火大会でした。開催にあたり苦労したのが日程、8月の週末は他の花火大会と重なってしまうため、「はなびのひ」の語呂に合わせ8月7日に決めたそうです。すべてが手作りのお祭りで、イベントのシナリオ作成や、花火協賛の営業も役場職員が行いました。

第1回大会は、現在の会場ではなく三郡橋上流の中土手で打ち上げ、ケヤキ並木沿いの土手や富士見防災公園で観覧しました。また、神輿やパレード、露店は当時工事中の道路で行われ、現在露店が並ぶグラウンドは駐車場でした。

ポスターで現在も使われ続けている「神明の花火」ロゴは、町内在住のデザイナーさんに作成していただいたものとのこと。

記事を書くにあたり、資料を集めたところ、プログラムも出てきましたのでご覧ください。現在とはかなり違いますね。

不定期の掲載になりますが、8月7日を待つ楽しみの一つとしていただければ幸いです。

第2回大会(平成2年)

第2回神明の花火大会

第2回のポスターは、イラスト形式でロゴの書体も違いますね。このロゴは第2回のみ採用されたようです。この年、旧市川大門町は、アメリカ・マスカティーン市と姉妹都市締結を結び、国際交流色が濃かった影響がポスターにも表れていますね。

神明の花火大会も、打ち上げ場所及びイベント会場を現在の場所へ移動し開催しました。...
第1回の打ち上げ場所付近に高圧線が設置されたことが移動の理由の一つですがもう一つ、翌年登場する二尺玉の打ち揚げも視野に入れていたようです。当時の広報には「20万人の来場」「1万5千発」との表記が、盛大さが伺えますね。
この頃の花火担当は、盛んに先進地視察も行い、諏訪湖上祭をはじめ、土浦、大曲、新潟にも伺い、大会運営の参考にしていました。

日中のイベントでは、マスカティーン高校生によるマーチングバンドやバナナのたたき売りも登場!これらのイベントは中央通で行われました。

第3回大会(平成3年)

第3回神明の花火大会

第3回のポスターは、地場産業の障子をあしらい、市川大門を前面に出したポスターですね。
花火の画像は、第2回大会の物で、市川カメラクラブ青栁会長が撮影したもの。...

この年の神明の花火では「初」が2つ、二尺玉の登場と花火競技コンテストの開催。また、現在もお世話になっている地元テレビ局UTYテレビ山梨で後日、花火の放映が行われました。

二尺玉の打ち上げ後の突然の雨…。30分ほどで止みましたが、会場は混乱し大会本部も大わらわ…と当時の担当者が思い出を語ってくれました。雨の影響か、広報では「15万人の来場」と表記されています。
またポスターにも書かれていますが「神明の花火大会写真コンクール」も行われました。

日中のイベントでも「初」が2つ、リオのサンバカーニバルとプロのジャズバンドが登場。
一日を通して盛り上がっていた様子が伺えます。また、職員もオリジナルTシャツを用意して、8月7日へ向け士気を高めていたようです。

第4回大会(平成4年)

第4回神明の花火大会

第4回のポスターも、市川大門らしく和紙を採用しています。
左下にはリオのカーニバル。日中のイベントは主に中央通りで行われ、リオのカーニバルをはじめ、大人神輿、子供みこし、民謡おどりなどが披露されました。...

花火大会は、山梨県知事が観覧される中、町長の点火式で始まり、競技花火コンテストは8社が参加し行われました。

神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

この年の広報には「1万8千発」、「県下一の花火大会」と書かれており、年々盛大になっていく様が伺えます。

第5回大会(平成5年)

第5回神明の花火大会

第5回のポスターは、翌年オープンする大門碑林公園、第3回大会と同じ花火画像(第2回のもの)を採用しています。

日中のイベントは中央通りでリオのカーニバルや子供みこし、民謡おどりなどが披露されました。総合グランドでも大人神輿や歌謡ショー、若者コンサートなどが行われました。

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花火大会では、町長による点火式で始まり、この点火式では、笛吹川を対岸まで導火線を渡し、仕掛け花火「ようこそ」へ点火させました。この仕掛け花火は、前年視察した大曲を参考にしたものです。
また、2.5号~尺玉までを紹介した「花火アラカルト」、8煙火店による「競技コンクール」、「ファイヤーアート」などが打ち上がりました。フィナーレでは特大仕掛花火「碑林」が登場しました。

神明の花火大会写真コンクールも開催され、UTYでは生中継も行われました。

この年の広報では「2万発」、「18万人の来場」と書かれ、さらにイベントが「ふるさと夏祭りより、神明の花火大会の名で知られてきている」とあり、神明の花火の知名度が上がってきていることが伺えます。

第6回大会(平成6年)

第6回神明の花火大会

第6回のポスターは、花火大会直前にオープンした大門碑林公園が…もはや碑林公園のポスター?って思うほどですね。
実際、花火大会中にもサプライズで大門碑林公園から打ち上げが行われました。...

花火大会では、オープニングとフィナーレで消防団により放水された水へレーザー光線での演出が行われました。このころから音楽と花火の共演が始まったのかな?
また、6煙火店による「競技コンクール」、「ファイヤーアート」、「2尺玉(4発)」などが打ち上がりました。

神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

第6回大会では、環境整備費への充当を目的とした「御観覧席券」が販売されました。

日中のイベントは、中央通りで子供みこし、民謡おどりが披露され、総合グランドでは大人神輿や若者コンサートなどが行われました。

第6回大会も快晴の中、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

第7回大会(平成7年)

第7回神明の花火大会

第7回のポスターは、花火玉の星をイメージしたデザイン。この年の山梨県広報コンクールポスター部門で優秀賞を獲得しました。

今大会でもレーザーでの演出あり、オープニングでは導火線になかなか点火しないハプニングも…。

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プログラムは、6煙火店による「競技コンクール」、「ファイヤーアート」、「2尺玉(4発)」などが打ち上がり、大会途中には休憩も設けられ、予定時刻は秒刻みで設定されています。最後から2番目の「尺玉乱れ打ち」は、今でも見てみたいプログラムですね。

神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

日中のイベントは、中央通りで子供みこしが披露され、総合グランドでは大人神輿や若者コンサートなどが行われました。

第7回大会も快晴の中、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

第8回大会(平成8年)

第8回神明の花火大会

第8回のポスターは、第2回大会以来のイラストで「和」を意識したデザインになっています。江戸元禄享保から続く市川花火の歴史をPRしたい思いがあったようです。

今大会でもオープニングでレーザー演出があり、「花火アラカルト」「競技花火」、「ファイヤーアート」、「2尺玉」などが打ち上がりました。

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この年は何と言っても、日本テレビ「とんねるずの生でダラダラいかせて」で、とんねるずの木梨憲武さん、勝俣州和さん、福沢 朗アナが打ち上げに携わったことが話題でしたね。翌年も依頼があったようですが、諸事情で一度きりになったとか…。

神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

日中のイベントは、中央通りで子供みこしが披露され、総合グランドでは大人神輿や熱気球体験などが行われました。

第8回大会も快晴の中、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

第9回大会(平成9年)

第9回神明の花火大会

第9回のポスターも、前年のデザインが好評だったこともあり、さらに「和」を強調したデザインになっています。が、少し明るいイメージになってしまったと、当時の担当者は反省していました。

プログラムは、「花火アラカルト」「競技花火」、「ファイヤーアート」、「2尺玉」などが打ち上がりました。...
また、「日本の四季」として春夏秋冬4部構成のプログラムが初めて打ち上がり、これが今や神明の花火の2大ミュージックスターマインのひとつ「テーマファイヤー」の走りかもしれません。

この年は、竹下元首相や女優の岸ユキさんらが観覧、神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

日中のイベントは、中央通りで子供みこしが披露され、改修された総合グランドでは大人神輿や熱気球体験などが行われました。

第9回大会は一時小雨の中、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

P.S. この年、富士川大橋が完成しました。

第10回大会(平成10年)

第10回神明の花火大会

記念大会となった第10回、ポスターも引き続き「和」のデザインになっています。実はこの絵、職員が描いた物だそうです。そんな思い出が残る第10回大会は、引田天功によるイリュージョンあり、プロ野球オリックスが協賛し、当時の仰木監督や木田投手のメッセージがあり、さらにはインターネットにて花火ライブ中継があり、記念大会にふさわしい内容でした。

大会当日、朝から雨に見舞われ、開催可否の問い合わせが殺到、大会が始まる頃には晴れ、関係者もその対応に大わらわだったとか…。今大会では「夢」をコンセプトに取り組み、大会終了後には多くの方から感動の声が上がった様子が、翌月発行の広報に紹介されています。

また、この頃の花火評価WEBサイトで、全国ベスト10の評価を受け、名実ともに全国区の花火大会に!これは関係者の努力もありますが、町内2煙火店をはじめとする参加煙火店さんの神明の花火へ対する想い・努力の賜物で、現在へ確実に引き継がれている「Spirit」だと思います。

この年も、神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

日中のイベントは、中央通りで子供みこしが披露され、総合グランドでは大人神輿や熱気球体験などが行われました。

第10回大会は朝の雨も上がり、2万発の花火が20万人の来場者中、記念大会にふさわしい記憶に残る大会になりました。

第11回大会(平成11年)

第11回神明の花火大会

第11回のポスターも引き続き「和」のテイストを継承しています。

プログラムを見ますと、第11回大会では「新たなる出発(たびだち)、2000年への出発[戦い・希望・繁栄・旅立]」とテーマが設定され、テーマファイヤーが登場しています。また、グランフィナーレ、町内煙火店2社協賛のオープニングや6社による競技花火もあり現在のプログラムに近い形になっていますね。また「芸術花火」というプログラムがありますが、これは翌年「和火」となり、現在の「花火シンフォニー」の前身とのこと。神明の花火が、時代とともに変化し、より盛大になっていく様が伺えますね。

この年も、神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

11回と回を重ねる中、花火大会がメインになっていき、日中のイベントも、総合グランドで子供みこし、大人神輿などが披露されました。

第11回大会は夕立に見舞われましたが、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

第12回大会(平成12年)

第12回神明の花火大会

第12回のポスターは、第7回大会以来の花火写真を採用し、この年に町制100周年を迎えた市川大門町から贈る花火をレター風にイメージしています。

プログラムは、6社による「競技花火」、昨年までの芸術花火から変わり「和火」、2尺玉入りの大スターマイン、テーマ「いぶき・ひやく」を4部構成で描いた「テーマファイヤー」などが打ち上がりました。また、前回大会まであった「休憩」が無くなり、より内容が濃くなっていますね。

この年も、神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

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また、会場ではうちわの配布や、テレフォンカードの販売も行われた様です。

第12回大会は、曇り空から雨に見舞われましたが、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

第13回大会(平成13年)

第13回神明の花火大会

第13回のポスターは、この年の大会テーマ
「メッセージ21・i(アイ)」~eye・愛・会い・逢い~
のイメージに合う、21世紀をイメージした物になっていますね。21世紀に入り、これから歩む新たな100年に向けたメッセージがうまく表現されていると思います。...

プログラムは、6社による「競技花火」、「和火」、2尺玉入りの大スターマイン、テーマ「メッセージ21・i(アイ)」を4部構成で描いた「テーマファイヤー」などが打ち上がりました。

この年も、神明の花火大会写真コンクールも開催され後日、UTYで特別番組も放映されました。

日中に行われていたイベントは、この年から行われなくなり、花火大会のみとなりました。

第13回大会は、晴れ間がのぞく中、2万発の花火が20万人の来場者中、盛大に打ち上がりました。

この年、兵庫県明石花火大会で歩道橋事故が起こりました。この事故を受け、神明の花火大会でも職員が雑踏警備の研修に参加するなど、今まで以上に事故に対する危機意識が高まりました。

第14回大会(平成14年)

第14回神明の花火大会

第14回のポスターは、花火画像を全面に迫力あるポスターですね…。ん?この画像は?…第3回と同じ?ってことは、第2回の物ですね。
私の個人的な感想ですが、神明の花火大会のポスターは「赤」の印象が強く、この頃のポスターから始まっている様な気がします。...

プログラムは、6社による「競技花火」、前年までのプログラム「和火」から変化を遂げた「花火シンフォニー」が初登場、4部構成の「テーマファイヤー」などが打ち上がりました。

資料で確認しましたが、この年で神明の花火大会写真コンクールが最後となった様です。UTYで特別番組は、後日放映されました。

第14回大会は、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第15回大会(平成15年)

第15回神明の花火大会

第15回のポスターは、組み写真を取り入れた今までとは一風変わったポスターですね。

プログラムは、「競技花火」が現在ご参加いただいている煙火業者5社になり、「2尺玉」や「花火シンフォニー」、「テーマファイヤー」などが打ち上がり、後日UTYで特別番組が放映されました。

第15回大会は、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりましたがこの年、神明の花火大会は、町からの補助金が大きく削減され、運営において大きな岐路にたたされていた様です。それでも多くの協賛企業のご協力もあり、例年通り開催する事が出来ました。

毎年多くのボランティアにご協力いただいている翌日の清掃作業は、大雨の中、行われました。

第16回大会(平成16年)

第16回神明の花火大会

第16回のポスターは、とても迫力ある花火画像ですね。また、ロゴも初めて白色を採用、「赤」の雰囲気に「白」のアクセントが効いていますね。

この年の話題は、何と言っても階段状の観覧席が完成し、有料観覧座席販売が開始されたこと。販売当初は賛否両論があった有料席ですが、現在まで安定した運営ができ、ゴミの減量など観覧環境も改善してきているのも、有料席の販売あってのことだと思います。

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また、花火に感謝の気持ちや愛の言葉を込め、打ち上げる「メッセージ花火」もこの年から始まったようです。この「メッセージ花火」は、これまで多くのカップルを成立させてきました。

第16回大会は、悪天候での開催となりましたが、約20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

先に投稿した動画は、第16回大会のテーマファイヤー『花火ライブ2004~みんなの力で~』の映像です。どうぞご覧下さい。

第17回大会(平成17年)

第17回神明の花火大会

 第17回大会は、合併前最後の大会で市川大門町としても最後の大会となりました。
大会テーマは「2005~永遠の華~」。神明の花火と市川大門の伝統・文化を未来へ伝えていきたい。そんな願いが込められたようです。
この大会では、三珠町、六郷町の職員もスタッフとして運営を手伝い、さらに両町からの花火協賛があり、プログラムにもあるように市川大門町・三珠町・六郷町でのグランドフィナーレが行われました。...
このグランドフィナーレは、音なしで、カウントダウンから始まり、3・2・1ではなく、6・3・1で始まりました。(ご察しの通り六郷の6、三珠の3、市川大門の1です)

また、この年の8月7日には、現在も打ち上げ筒や号数順に並べた花火の模型、花火に関する歴史などが展示されている「花火資料館」が完成・オープンしました。

第18回大会(平成18年)

第18回神明の花火大会

 合併後初となる今大会のポスターは、大会の名前も知れ渡り、これまでのように写真を使わずとも一目でわかるように「神明の花火」を中心に配置し、赤のモノトーンで構成され今までと一風変わったデザインとなりました。

テーマは「夢花火」。花火公園では、花火開始前にビリケンコンサートが行われました。

今大会は、テーマファイヤーに初めて2尺玉が取り入れられ、グランドフィナーレは町と建設安全協議会の連名となり、打ち上げ範囲は400mに広がりました。この回からテーマファイヤーとグランドフィナーレの2大プログラムが確立されました。

第19回大会(平成19年)

第19回神明の花火大会

今大会のポスターは、赤を基調とし、テーマの「ふるさとからの絵手紙2007」に沿って絵手紙のようなデザインがされました。

花火公園では「ふるさとコーナー」と称し、町の特産品の販売なども行われました。

有料観覧席販売などの効果により前回大会も含め、このころから運営費、花火の内容、会場の環境が充実してきました。

テーマファイヤーでは、この年ヒットした映画パイレーツカリビアンのテーマソングなどに合わせ花火の打ち上げが行われグランドフィナーレでは、あのテーマソングが…

第20回大会(平成20年)

第20回神明の花火大会

 20回の節目の大会となった今大会のポスターは、20回開催できた感謝を込めた「ありがとう」を大きく描き、どこか歌舞伎テイストが感じられるデザインですね。
意外だったのが、ロゴに黒色を採用したのは、今大会が初めてでした。...

記念大会にふさわしく、花火オープニング前に昼花火の披露や、有料エリアにて、パルフェ、キュアラビッシュ、チャイルドフットによるライブイベントが開催されました。

また、シャトルバス(三珠線)の運行を開始し、会場周辺の交通集中の緩和を図りました。
有料エリアでは、シート席の販売が3年目を迎え、9名シートを10名に変更して販売したほか、4名シート、2名シートの販売を初めて行いました。

この年の開催は木曜日だったこともあり、当時UTYテレビ山梨で放送されていた「ウッティの木曜日」で生中継もされました。

P.S. そういえば…初代てるてる坊主が登場したのもこの年だったっけ…。今大会のテーマファイヤーが印象的で…翌年のテーマに…。

第21回大会(平成21年)

第21回神明の花火大会

前年のテーマファイヤーの楽曲が印象的で「軌跡・輝石・奇跡」を掛けた『キセキ』を採用し、ロゴも初めて横書きを採用しました。

この年は、リーマンショックの影響で、花火協賛金が大幅に減額との予想に反し、過去最高額を更新し盛大な花火大会になりました。

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花火大会前には、ねくすと、Spiral Roots、伊東まりによるライブイベントが開催され、シャトルバスは三珠線に続き、増穂線の運行を開始し、さらなる会場周辺の交通集中の緩和を図りました。

この年、花火資料館を運営していただいている地元花火業者でつくる神明の花火倶楽部では、神明の花火4ヶ月後の11月7日、資料館駐車場にて神明の花火上映会を開催しました。さらに年が明けた1月には、日本煙火協会青年部総会が山梨であり、全国の若手花火師が持ち寄った花火の打ち上げが神明の花火会場で行われました。この時の花火で、様々な「色」が表現できる技術が確立されつつあることを知り、翌年のテーマが…。

第22回大会(平成22年)

第22回神明の花火大会

第22回のポスターは、神明の花火をモチーフにした市川三郷レンジャーのどんどんが花火にうっとりしているさまを描いたものになっています。

テーマ「花火色の時間~あなたもそまりに来ませんか~」は、前記しましたが、この年1月に山梨で開催された日本煙火協会青年部総会で、全国の若手花火師が持ち寄った花火の打ち上げが神明の花火会場で行われ、様々な「色」が表現できる技術が確立されつつあることがきっかけで採用になりました。

年々盛大になり、知名度も上がる中、数年ぶりの土曜日開催となった今大会では例年以上の来場客で会場は大変な混雑でした。また夕刻には豪雨に見舞われ会場が水浸しに…。

またグラウンドでは「うたたね神明ライブ」と称し、岩崎けんいち他7名のライブや花火公園駐車場では特産品の販売を行いました。

第22回大会は、21万人の来場者の中、夕刻に豪雨に見舞われたもの2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第23回大会(平成23年)

第23回神明の花火大会

 23回大会は、3月11日に発生した東日本大震災の影響で、資機材の確保に見通しが立たず、5月ごろまで開催可否が検討されました。資機材の見通しも立ち、無事開催決定となり…そんな思いもポスターに込めらたデザインですね。テーマも当初のものから「頑張ろう日本!頑張ろう東北!~祈・鎮魂と復興~」へ変更され、復興ムードの中の開催となりました。
大会当日は終始雨が降るあいにくの天候でしたが、グランドフィナーレが始まる時には奇跡的に雲が切れ、ピアノジャックの曲に合わせた、大げさかもしれませんが、心が揺さぶられる素晴らしい花火が打ち上がりました。...

波乱に満ちた第23回大会は、19万人の来場者の中、あいにくの天候でしたが2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第24回大会(平成24年)

第24回神明の花火大会

第24回大会も東日本大震災の復興ムードが色濃く残る大会となりました。ポスターもどこか寂し気な雰囲気ですね。テーマ「絆 やさしさの光につつまれて~祈・鎮魂と復興~」を掲げ、テーマファイヤーでは長渕剛さんの楽曲に合わせた、鎮魂と復興にふさわしく、グランドフィナーレも勇壮な曲に合わせた素晴らしいものでした。

近年の運営経費増大のため、有料席を値上げしたこの年は、増額分の一部を打ち上げに還元し、新たなプログラム「みんなの花火」が誕生しました。

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花火開始前の総合グラウンド特設ステージでは、くまモンが登場し、キティちゃん、市川三郷レンジャーと会場を盛り上げていました。

第24回大会は、途中のプログラムで仕掛け花火が一部欠けてしまうハプニングもありましたが、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第25回大会(平成25年)

第25回神明の花火大会

第25回大会はこの年、山梨県で開催された国民文化祭ムードが濃い大会となりました。
国民文化祭イメージソングを採用した特別プログラムでは、斎木煙火本店、マルゴーがコラボしたミュージックスターマインが披露され、イメージソングを歌う「チャイルドフッド」は、会場近くの特設会場で花火に合わせ生演奏を行い、その様子はUTYで生放送されました。

花火開始前の総合グラウンド特設ステージでは、昨年に続き、キティちゃんショーが行われたほか、市川三郷町観光大使の市瀬秀和さんの殺陣披露が行われました。

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この頃の神明の花火は、色彩豊かなストーリー性に富んだ花火大会と評価を受け、協賛金も年を追うごとに増加し、終了予定が伸びることもしばしば。過去最大の協賛金になった今大会では1時間半でのプログラム構成に限界が出てきたため、開始時間を15分早めました。また25回を迎え、記念パフレットも発行しました。

第25回大会は、フィナーレでトラブルもありましたが、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第26回大会(平成26年)

第26回神明の花火大会

第26回大会のポスターは13回大会以来のイラストを採用。実はポスターの絵の中に隠れどんどんがw ワカルカナ?

テーマ「煌(きらめき)花火の町から希望の光~祈・鎮魂と復興~」で開催された今大会では、この年のNHK連続テレビ小説「花子とアン」の主題歌、絢香の「にじいろ」に合わせた花火が打ち上がり、文字通りの虹色の花火が咲き乱れました。また、テーマファイヤーでは、時差式発光玉がミュージックと同調して変化したと話題に!

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今では一般販売も行っている「87ポロ」は、この年に役場の若手女性職員がデザインし誕生しました。

第26回大会は天候にも恵まれ、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第27回大会(平成27年)

第27回神明の花火大会

第27回大会は、テーマ「『飛躍』市川三郷町誕生10周年 新たな10年への幕開け-祈・鎮魂と復興」を掲げ、オープニングのカウントダウンは市川三郷町10周年を祝う「10周年おめでとう!」で始まりました。

ポスターは、5年ぶりの縦ロゴを採用し、花火画像も大玉をメインとした、とてもまとまった仕上がりですね。

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オープニング前には、この年の4月に姉妹町となった静岡県西伊豆町から、手筒花火の披露が行われました。

10周年記念、協賛金の過去最高を更新もありましたが、斎木煙火本店、マルゴーの年々進化する打ち上げに、花火の内容も満足度が高かったと思います。今ではYouTubeなどで多くの神明の花火の映像をご覧いただけます。今年、ご来場予定の方は、予習としてご覧いただくのも面白いかもしれませんね。

第27回大会も天候に恵まれ、20万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第28回大会(平成28年)

第28回神明の花火大会

第28回のポスターは、大会テーマ「『百花繚乱』市川三郷夏物語」にふさわしい華やかなデザインですね。
花火の内容もテーマファイヤー、グランドフィナーレをはじめ、まさに「百花繚乱」といった内容だったと思います。また、今大会でも姉妹町の静岡県西伊豆町から、手筒花火が披露され、会場を盛り上げていただきました。...

この年、誕生から3年目を迎えた「87ポロ」が、多くの購入希望の声を受け、一般販売を行いました。また、記念切手も販売されました。

第28回大会は、日曜日開催の影響か、有料席も一週間で完売、協賛金も過去最高を更新、天候にも恵まれ、23.8万人の来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。

第29回大会(平成29年)

第29回神明の花火大会

第29回のポスターは、今大会テーマ「世界へ届け『神明花火』~平和への祈り~」をうまく表現したデザインで、実は祈りのモデルの女性は、職員なんですよ。ロゴは初めて金色を採用し、全体のイメージとうまくマッチしていると思います。...

今大会は台風5号の影響で、神明の花火大会史上初の延期となり、8月8日の開催となりました。延期となった8日も時折雨が降るあいにくの天候でしたが、もはや芸術作品と言っても過言ではないグランドフィナーレなど花火の内容は充実していましたね。
環境整備へも力を入れたこの年は、ホームページのリニューアルや、FM甲府さんの協力のもと、花火大会の様子を生中継しました。

第29回大会は、協賛金が過去最高を更新したものの、初の延期で延期日も天候に恵まれず、18万人とちょっぴり少なめの来場者の中、2万発の花火が盛大に打ち上がりました。